おくりもの

「忍、これ」
 ひとごこちついた頃、クローゼットの奥に隠しておいたブランドロゴの入った包みを差し出す。
「……どしたの」
 見慣れた部屋着姿のまま、どこか呆けた様子で尋ねる恋人を前に、こほん、とわざとらしい咳払いをひとつこぼした後、周は答える。
「だからさ、誕生日だろおまえ」
「開けていいの?」
「おう」
 戸惑いと、それ以上の隠しきれない喜び。みるみるうちに、すっかり見慣れたあの子どもじみた笑みを浮かべながら包み紙を丁寧に剥がす表情をじっと見つめる。丁寧な薄紙にくるまれて現れたのは、忍が普段からよく着ているファッションブランド製のパジャマだ。(ナイトウェアとかなんとか、こじゃれた名前がついていたけれど)
「買い換え時かなとかなんとか言ってたじゃん。好みとかなんかあんだろけどさ、家ん中で着るもんならまぁ別にいっか、みたいな――」
 肌に触れてすぐにわかる、てろんとやわらかく滑らかな感触、ブランドらしさが伝わる遊び心のある柄に、さりげなく小さく入ったタグ。事前に通勤の合間や休み時間にネットで下調べしたうえで、いざ店舗で数種類の中から実物を比較した時、いちばんしっくりきたものを自分なりに選び抜いた結果の品がこれだ。
「おまえ別にほしいもんないって言ってたけどさ、そのくらいいいだろ」
 たとえばスリッパだとか、新しい枕カバーだとか、はたまた、忍用の箸だなんてものまで。
 さりげなく生活必需品を揃えていく中で、自らの『気配』がこの部屋の中に増えていくそのたび、素直に喜びを隠せない態度を見せてくれることを周は知っていた。それでもそれらはみな、あくまでも必要に駆られて揃えていったもので、これがほんとうのはじめての、周から忍へのプレゼントだ。
「……いいの、ほんとに?」
 かすかに潤ませた瞳でじいっとこちらを見つめ返す姿を前に、くしゃりと、差しのばした掌でやわらかな髪をなぞりあげるようにしながら、周は答える。
「俺も買ったから、ついでに」
下のフロアの無印良品で、いくぶんかシンプルなものを。
「ありがとう……」
 心底うれしそうな様子で握りしめたプレゼントを指先でなぞり、うっとりと瞳を細めて見せる姿を、どこかまぶしく感じながらじっと眺める。
 すぐに顔と態度に出るのはどうなのだろうと常々思ってはいたけれど、こんな風にむきだしの感情で喜ぶ姿を見せてもらえるのはやっぱり、何にも代え難いほどにはうれしい。

 誕生日プレゼントだなんてものを、改めて選んだのはいつ以来だろうか。仲間内で誰か誕生日の人間がいれば、その場で一杯おごってやるなり、カンパに何割か協力するぐらいのことならした覚えはあるけれど。
 親元を離れてから両親に贈ったのは、事前のヒアリングに基づいての折々に必要なもの―テフロン加工のフライパンだとか、銘柄を指定されたウォーキングシューズだとか――のたぐいか、商品券がいいところだ。
 特定の誰かに向けて、何かを選ぶこと―それがこんなにも心を安らかにあたためてくれるだなんてことを、情けないことに、こんな歳になってから改めて思い知らされる羽目になるだなんて思いもしなかった。

 きっちりと折り畳まれた皺の残るパジャマを、おもちゃを与えられた子どものようにしっかと胸に抱き留めるようにしながら忍は言う。
「これ、きょう着て寝てもいいよね? ていうかもう着替えよっかな。いいよね?」
「……好きにしたらいいだろ、おまえのもんなんだし」
ひとまず、タグを切るためのはさみを取ってくるべきなのか少しだけ悩む。
「でもさぁ」
よく見ればご丁寧にひとつひとつにちいさくブランドロゴが刻まれているボタンのあたりを指でなぞりながら、忍は答える。
「明日着てけないよね、これ。ちょっとざんねん。見せびらかせないじゃんねえ」
「……いいだろ」
 ああそういえば、といまさらのように気づく――あんまり当然すぎて、それ故に気づけなかったことではあるのだけれど。室内着なのだから、これを着た姿を目にすることになるのは、当人以外には周ただひとりだけなのだ。
「ねー周、ねー」
「なに」
 わざとらしくそっけなく答えてみるこちらを前に、いつもどおりのあの満面の笑みを浮かべたまま、忍は尋ねる。
「周さぁ、いまから着替えるからこれ、脱がせてくんない?」
 着古した部屋着を指先で摘むようにひっぱりながらこちらをじいっとのぞき込むまなざしには、隠しきれない様子のひそやかな熱がじわりと滲む。
「……子どもじゃあるまいし」
「そだよ?」
 少しもひるむことなんてない好奇に満ちた瞳を輝かせながら、忍は続ける。
「だからさ、周もわかってるよね?」
「……しのぶ、」
 はぁ、とおおげさに息をつくようにして、ひとまずは、とその場を立ち上がるようにすれば、不満げな瞳がじろりとこちらをにらみつける。
「――どこいくの、周」
「はさみ、」
 吐き捨てるようにぽつりと、周は答える。
「タグ、切んないと着れないだろ。はさみ、取ってきてやるから」
 なだめすかすようにふわりと髪をなぞってやれば、とたんに広がるのは、遠慮のかけらもないくしゃくしゃのおだやかな笑顔だ。

 その場を立ち上がってすぐさま、電源コードを繋いだまま裏返しに置かれ、沈黙を続けたままのスマートフォンの姿がふいに目に留まる。
「じゃまをされたくないから」だなんて言って、数時間前に電源を落としたきりの端末にはいまごろきっと、たくさんの「おめでとう」のメッセージが届いている、そのはずなのに――誰よりもいちばんに、目の前でこうして「おめでとう」を告げる相手に自身を選んでくれたその気持ちが、周にはなによりもうれしい。
 ――プレゼントをもらっているのはいつだって結局、こちらの方なのだ。

 日付が変わってきょうは、忍の二十三回目の誕生日だ。