は じ ま り の 唄

   不自由なことばかりの『ふたりでいること』にも、数少ない利点はいくつかある。
そのうちのひとつが、こんな風に取り残されたような心地でひとりぶんの空白を抱えたままの部屋にいるその間、忘れかけていた孤独のありかをありありと思い起こせることだ。


 夜をこんなにも長く感じるのだなんて、一体いつ以来だろうか。
ボリュームを絞った状態でつけっぱなしにしたテレビの画面をぼんやりと眺めながら、暗転したままのスマートフォンの液晶画面へと目をやる。
こちらから催促のようなまねをするべきではない、そのくらいわかっている。向こうにだって積もる話くらいいくらでもあるのだろうから。
頭では痛いほどにわかっていても、待ちわびるしかないだけのこんな時間には、どうしようもない焦燥感を駆り立てられるばかりだ。

「実家に話をつけてくる」
 きっぱりとそう告げて遠ざかっていく背中を見送った、まだたったの数十時間前の出来事をありありと思い返すようにする。
「だいじょぶだって、ね? ちゃんとどうだったか夜になったら報告するから、いい子で待っててね。あと、おみやげ買ってきてあげるね。周好きでしょ、まるた屋のあげ潮」
「……いいから」
 精一杯の憮然とした表情を張り付けて答えれば、しばしばそうされるように、くしゃくしゃと遠慮なく髪をなぞりあげられる。
「あんま緊張しないでよ、こっちも移んじゃん」
「……忍、」
「だーいじょぶだって、ね? ちゃんと帰ってくるから。ちょっと出かけてくるだけだよ。そんな心配しないで、ね」
 屈託のないこんな笑顔が、周の胸の奥で溶け残った曇りをいつだってみるみるうちに穏やかに溶かしてくれるのは、いつまでたっても変わらない。
口ごもるこちらを前に、いつものようにうんと強気に笑いかけながら続けざまに告げられる言葉はこうだ。
「じゃあさ、周。行ってきますのちゅーは? したら安心して出れる気すんだけどなぁ、俺」
「……ばかか」
 くぐもった声で振り絞るように答えれば、かわすようにくすくすと軽やかな笑い声がかぶせられる。
「じゃあ帰ったらそのぶんも取り立てるよ、いいよね?」
「――乗り遅れんだろ、あんまのろのろしてたら」
 あまり未練を残されても困るので、すっぱりと出て行ったくれたほうがこちらとしても。
 わざとらしくとんとん、と胸を叩きながら訴えかけるようにすれば、いつも通りのまぶたをやわらかく細めた笑顔が返される。
「だいじょうぶだよ周。ちゃんと話すだけだよ? だからさ、ちゃんと待っててね。ちゃんと明日には帰るからさ。ほんとだいじょぶだから。言ったじゃん、周は心配しないでいいよって。だからさ、もう怖がんないで。約束だよ、ね?」
 いつくしみだけを溶かしたようなあたたかさで、しなやかな指先はすっかり慣れた手つきで、まだ少しだけ寝癖の残ったままの後ろ頭をなぞりあげる。
 ――ますます離れがたくなるからやめてほしいのに、そんなの。
言葉になんて出来るわけもないまま、むなしく唇を噛みしめる鈍い痛みは胸を伝って、息を詰まらせていく。