あたらしい朝

 オートロックのドアが閉まる音を合図にしたように、背中をぴったりと扉につけたままきつく抱きすくめられ、すぐに首の角度を傾けてぴったりと唇を重ね合わせられる。
 三年ぶりに触れる身体、三年ぶりに触れる生ぬるく温かな吐息のその感触に、心臓を直接掴まれたみたいなぞわぞわとした息苦しさと甘い震えが全身を伝うのを感じる。
 体重をかけるようにしながら忍び寄る舌がゆっくりと歯列をなぞるその間も、きつく抱きすくめられたまま、しなやかなその掌が身体の芯を辿るように洋服越しに背中から腰をまさぐる。その動きのもどかしさに、気が狂いそうになる。
もっと触ってほしい、もっと直により深く感じたい。口腔での戯れに応えるように舌を差しだし、きつく吸われながら鼻孔から吐息を漏らし、よくそうしたように、ふっくらとした唇を食むようにして、舌できつく吸う。
 離れた年月のその隙間を埋めるように、必死に貪りあうように吐息を奪い合うそのうち、扉と彼の身体にぴっちりと挟まれているそのはずなのに、腰や膝が震えて力が入らなくなってくるのを感じる。崩れ落ちそうになる身体を腰に回された腕で支えられ、首筋に絡めた腕の力を強める。
 ほんの一瞬唇を離して目をあわせれば、濡れたその瞳が、いつにない甘い息苦しさをはらんだ熱さでこちらを見つめくれているのが分かる。その瞳の奥にほんの一瞬見えた戸惑いの色が急に怖くなって、今度は自分から顔を寄せて、噛みつくみたいに乱暴にキスをする。
 これじゃ足りない。これだけじゃ終わってほしくない。全てがほしい。この体中に満ちていく熱を受け止めてほしい。唇を離したその後、言葉にならないままただじっと見つめ返せば、どこか躊躇いの色を秘めたように見えたそのまなざしがそっと細められながら、濡れた唇を微かに震わせて、弱々しく言葉が紡がれる。
「……シャワーは?」
崩れ落ちそうな身体を支えるように体重を預けながら、僕は答える。
「いいよ後で、我慢出来ない」
 肯定の意味を込めて小さく頷かれたその後、ぐらつく身体を引きずるようにしながらベッドに移動する。ふかふかと柔らかなマットレスの上に投げ出すように沈めたその身体の上にそっとのしかかられたその時、これから行われるであろう行為を思ってまざまざと心臓の内側に直接手を触れて撫でられるような恐怖と期待、その両方に染めあげられた色が全身を伝って、髪の毛一本一本からつま先まで一気に広がっていくのを感じる。


 ハイスクールの卒業旅行として日本を訪れてくれたマーティンと三年ぶりの再会を果たしたのは、昼過ぎの事だった。
久しぶりに日本を訪ねてくれた異国の友人との再会。その形式を裏切らない形で待ち合わせ場所で顔を合わせた時には軽いハグと握手で再会を喜び合い、大仏が見たいと言ったマーティンのリクエストに応えるようにしてローカル列車に揺られ、パンフレットを片手に観光をして過ごす。
 春休み中の鎌倉は予想通りカップルであふれ返っていたけれど、男同士の僕たちは勿論人前で手なんて繋げない。
 どこかもどかしく感じながら「友達」の顔をして隣を歩いて、離れた時間の隙間を埋めるみたいにたくさん話をして、ざらざらした画面越しじゃない、生身の彼の姿を目に焼き付けるように眺める。
 触りたい、抱きしめたい、キスしたい。早く二人きりになりたくてたまらない。もどかしい焦りを気づかれるのが怖くてわざとらしく目を逸らせば、どこか余裕たっぷりに見える笑顔で交わされる。
 ねえ、ずるいよ。心の中でだけそう唱えながら、子どもがそうするみたいにシャツの袖を遠慮がちにぎゅっと引っ張る。触れたその指先は、熱を帯びて微かに震えている。

「今日は帰らないって言ってあるからね」
 移動の電車の中、隣合った席に座ったまま、わざとらしくこつんと肘の先でつつくようにしながら僕は答える。
「だからずっと一緒に居られるよ」
 目線の先、お母さんに抱かれた赤ちゃんをにこにこ眺めていたやわらかなその表情を崩さないまま、こちらへとそっとまなざしを向けるようにしてマーティンは答える。
「そっか、じゃあ沢山話が出来るね」
「……いいけど、それだけじゃなくて」
 口ごもるこちらを前に、耳をぎゅっと引っ張るようにして耳元でそっと囁き声をあげながらマーティンは答える。
「ここじゃ話せない事でしょ、ね?」
 分かっているよ、とでも言いたげにほほえみかけられながら、ジ―ンズ越しにぴったりとくっついた腿のあたりをそっとさすられる。ただそれだけなのに、微かな痺れが全身をさっと伝う。
「夢みたいだね、朝まで一緒に居られるなんて」
 どこか甘くくすぶった余韻を込めたその口ぶりに、さっと胸が泡立つ。揺れに乗じたふりをしてそっと肩に身体を預けるようにもたれかかり、握る事が出来ない指先を眺めてぐっとため息をかみ殺す。
 同じだ、きっと彼も同じだ。あんなにずっと離れていたのに、まだ触れる事が許されないけれど体温も吐息もその全てがすぐ側にある。その先に進むことを求めてくれている。嬉しいのに信じられない。息が震えるのをこらえて、平静を装うのに必死だ。


 荒い息遣いと吐息の熱さに震わされるのを感じながら、性急に互いの服を脱がし合う。早く布地越しなんかじゃなく直接肌に触れてほしい、素肌を伝う熱がほしい。そう思うのに、指先が震えてボタンを外すのにすら苦労する。もっとほしい、もっと繋がりたい。
 体重をかけるようなキスの後、熱の籠もった息を吹きかけるようにしながら耳朶や首筋に口づけられると、こらえきれずうわずった吐息が唇からこぼれる。軽く歯を立てられると全身がぞわぞわ甘く痺れて、血が逆流するように熱くなる。こらえきれずに差しのばした掌であの頃よりもずっと大きく逞しく感じられるようになった背中をなぞり、筋肉の流れを辿るようにしながら掌に力を込めると、少しずつ滑り落ちていく唇と舌の先が、喉仏や鎖骨、首筋を這うように伝い、まるでその形を確かめるように丁寧に口づけを落としていく。